NERUMAE日記

おやすみ前にいらっしゃい。

マレーシアのすごさを私に解説させてください

マレーシア滞在2日目に、マレーシア国立博物館 National Museumに行ってきた。マレーシアについての知識が何もないまま来てしまったのでここでかなり衝撃を受けたのだけれど文字で伝えられるでしょうか。トライしてみるよ!

 

聞いてください、歴史の話をします

 

さて、突然ですがマレーシアの歴史です。

マレーシア一帯には、仏教とヒンズー教はかなり早い時期から伝来していたよう(それぞれ3世紀、5世紀頃)。イスラム教が伝来したのは13世紀。アラブ人やインド人の商人によって伝わった。

1396年、マレー系イスラム国家、マラッカ王国が成立。ここから始まる王朝時代が現在のマレーシアの基礎を形作る。中国との交易がさかんになる。

1414年、イスラム教が国教に定められる。ここからマラッカ王国の黄金時代。

 

マレーシアは海路上でとてもアクセスしやすい場所にある。ということはつまり、攻め込まれやすい場所でもある。海上交通が賑わい始める1500年代からはあちこちの国から支配されるようになる。

1509年に初めてヨーロッパからの交易船がやって来る。大航海時代の到来。

2年後の1511年にはポルトガルの植民地に、1641年にはオランダの植民地になる。

19世紀には東側がイギリス領に、西側(現在インドネシア)がオランダ領に。

第二次大戦中の1941年〜1945年は日本が侵攻し、日本の支配下に(マレーシアが日本の支配下にあったなんて、全然覚えてなかった)。

 

終戦についての解説に、「日本に2機の原子爆弾が投下され、日本が降伏し、ようやく日本の統治時代が終わりました」と書かれていた。その文章の余韻が今も頭に残っている。語り手によって史実の響き方はぜんぜん違う。

 

 

1957年8月31日。イギリスの植民地から、イギリス連邦国家に属する独立国になる。マレー系、インド系、中華系、先住民とバラバラの生活圏やコミュニティを持つ国内で、民族同士の結束を唱え、選挙に勝利したのはトゥンク・アブドゥル・ラーマン

1963年には、マレーシア連邦として完全な独立国になる。1965年にはシンガポールが独立分離した。

 

 

ぜんぜん違うものたちが集まって調和するってすごいんじゃないか

 

自分の頭を整理するためにごにょごにょとたくさん書いたけど、言いたかったのは「誰もを喜ばせる」「誰にとっても正義」なんてない状態で、調和の取れた状態を作るのはとても難しいということだ。

マレーシアにいながら感じる「いろんなものが混ざり合っていながらの心地よさ」って、すごいんだな、と。

多民族・多文化・他宗教の国内。それに加えて、常に外的な要因(侵攻・外交)からも変化を強いられる。マレーシアが現在のバランスを手に入れたのは奇跡のような気がしてくる

現在のバランスを支えているのがマレー系優遇政策「ブミプトラ政策」(昔からの移民がたくさんいる中でも、元々の土着の民族、マレー人を様々な社会的・経済的側面で優遇しようという政策)で、「平等」という概念からは遠い気がするこの政策が調和をもたらしているよう。それについてはまた書こう(書くかな)。

 

国教はイスラム教、現在人口の60%くらい。仏教が20%弱、キリスト教が10%弱、ヒンズー教が約6%。公用語はマレー語。第二公用語は英語。

簡潔な説明だけど、これが意味する世界を現実に見ると本当にびっくりする。

 

マレー系、インド系、中華系、シク教徒、いろんな人種がマレー語(独自の文字は持たず、アルファベットで表記する。時々英語と見間違える)という共通言語でつながり、それぞれの文化や宗教を大事にし、お互いの文化や宗教も尊重しながら生活している。

 

それがマレーシア。奥が深いです。

 

 

 

アクセスと反省

マレーシア国立博物館 National Museumへのアクセスは、KLセントラルからRED LINEのバスで2駅です。2つの施設に別れているのに、実は英語読むのに時間がかかりすぎて2のほうは行けなかった。

そして「すごいなマレーシア」って余韻に浸っていると土砂降りの夕立でびしょ濡れになった。マレーシア旅行で傘を持って出ないというのは人としてあるまじき行為でした。