NERUMAE日記

おやすみ前にいらっしゃい。

毎日夢をかなえるための方法が発覚しました【名詞→動詞で夢を考える】

突然ですが、皆さんの夢はなんですか。

私の夢は「書く」「伝える」「環境を守る」「楽しむ」です。

何それ…と思った方も思わなかった方も、取りあえず以下をどうぞ。


今日、韓国語のキャッチアップのために「엄마도 여자다(母だって女だ)」というPod Castを聞いていたら、なんだかグッとくる事を言っていた。

엄마도 여자다

엄마도 여자다

  • 행복한 코나,친절한 루샤
  • Kids & Family
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グッときた部分というのは単刀直入に、

名詞ではなく、動詞で目標を持とうというひとことだった。


唐突すぎるので、具体的に書いてみる。

「名詞でなくて動詞で」というのはつまり

「教師になりたい」「医者になりたい」「ソムリエになりたい」

ではなく、

「子供に何か教えたい」「人の健康を守りたい」「ワインの知識を深めたい」

というふうに夢を持とう、ということ。


これはなんていいアドバイスなんだ、とハッとした。



人は自分の人生や職について考えるとき、

・ある仕事でお金を稼いで生計を立てるということと
・自分のしたいことを叶えるということ

の2つがダイレクトに繋がりすぎてしまって、それを職として手にするまでかなり遠回りしてしまうことになる。

でもその道のりが遠すぎると迷ったり、諦めたり、別の選択肢を考えたりして

「免許を取らなくては」とか「学校に通わなくては」とか「資格の勉強をしなくては」と、やりたいことに付随してくる必要条件を満たすことが先に立ってしまう。


結果、時間をかけていざその職を手にした時には
「これがやりたい!」という情熱が自分の中に残っているのかいないのか、よく分からない事になってしまうことも多い。



一方で、たとえば「子供に何かを教えたい」というかたちで夢を持ったとしたらその叶え方は無数にある。
今すぐ家庭教師として登録してもいいし、外国人留学生に日本語を教えてもいいし、町内会でボランティアをしてもいいし、友達の子供の面倒をたまに見てあげたっていい。


そういう夢の持ち方をしたら、結果は 叶った/叶わなかった という2択の答えではなくなる。

どんな方法/方向で実現させるのか、そしてどう続けていくのか と右に行ったり左に行ったり大きくなったり形を変えたりできるのだ。

そうなると、夢というより主義や生き方に近づいてくる気がする。



私もハッとしたてのホヤホヤなので、まだ日々の行動への影響は未知だけど
動詞で夢を持つことは、「こうありたい」という自分の願望に寄り添って、日々の充足感を与えてくれるような気がする。

しかも大人になっても自信を持って「夢」を持ち続けられる。素晴らしい。



さて、冒頭にも書いたけど、このPod Castを聞いて考えてみた私の夢の動詞系は「書く」「伝える」「環境を守る」「楽しむ」だ。


…そう。

今日はこれを書いたし、誰かには伝わっただろうから、今日は夢が叶ったのだ。

ということで、みなさんもぜひお試しください。